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やまぎん県民ホール|大きな建築に宿る、街への距離感
山形を訪れた際、やまぎん県民ホールに立ち寄りました。
最初に感じたのは、建物の大きさそのものよりも、その大きなボリュームを街に対してどう見せるか、
ということが丁寧に考えられている建築だということ。
ホールという用途上、どうしても建物には大きな容積が必要になります。
しかし、その大きさを一つの巨大な塊として見せるのではなく、
屋根や外壁のラインを幾重にも分節しながら、建築全体のスケールを整えている。
特に印象に残ったのが、正面中央の大きなガラス面と、その前に並ぶ列柱です。
ガラスによって内部の気配を街へ滲ませながら、深い庇と柱によって建物との間に「距離」がつくられている。
外と内をいきなり切り替えるのではなく、その間にもう一つの領域をつくることで、人を自然に建物へと導いているように感じます。
そして、夕暮れになると建築の印象は大きく変わりました。

昼間は外壁や屋根、柱といった「形」が建築をつくっていたのに対し、日が落ちるにつれて、ガラス越しに内部の光が現れ始める。
その瞬間、建物は「見るもの」から、街の人を「迎えるもの」へと変わっていきます。
建築は、昼と夜で同じ表情をしている必要はないと感じます。
むしろ光によって内と外の関係が反転し、昼には見えなかった空間の奥行きや、人の気配が浮かび上がってくる。
やまぎん県民ホールを見ながら、改めてそんなことを感じました。
大きな公共建築でありながら、威圧するのではなく、街との間に適度な余白を残す。
建築の美しさは、形だけではなく、人との「距離のつくり方」にも宿るのではないでしょうか。
山形の夕暮れの中で、そんなことを考えさせられた建築でした。
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