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imaizumi blog

「構造美」が語りかける場所

2026.02.17

時代を超えて「構造美」が語りかける場所

― 蒲郡市市民体育センター競技場に見る、本物の耐震思想 ―  建築訪問記

この建築に立つたび、私はいつも「構造そのものが、すでにデザインになっている」と実感します。
誇張も装飾もない。あるのは、力の流れを正直に可視化したフレームの連なりだけ。

 

 

 

斜めに立ち上がる巨大なコンクリート架構。
それを貫く水平材。
そして、その上に優雅に浮かぶ大屋根。

ここには、“支えるための構造”と“魅せるための意匠”を分けない思想があります。

 

構造は「隠すもの」ではなく、「語るもの」ではないでしょうか。

多くの現代建築は、耐震性能を壁の内側に隠しますが、この建築は違っています。

構造体そのものが、街に向かってこう語っている。

「この建物は、こうして立っている」

斜材と梁が織りなすフレームは、まるで巨大な耐震装置のようです。
地震の力を受け止め、逃がし、分散させるその理屈が、視覚的に理解できる。

これは、施主の皆様が本質的に求めている「安心の可視化」でもあると考えられるのではないかと思います。

 

 

 

 

私たちが採用するSE構法も本質はまったく同じで、構造を数値で裏付けることや力の流れを明確に設計すること。
そして意匠と構造を分離しない

SE構法のラーメンフレームは、住宅スケールにおける“現代版この建築”とも言えると思います。

したがって、この体育館が都市規模で実現していることを私たちは住宅で行っている。

そう言っても過言ではありません。

 

この建築の象徴でもある、大きく反った屋根。
単なるデザインではありません。直射日光を制御する、雨風を受け止める、外部空間に「陰影」をつくる等、

結果として生まれるのは、「精神的な余裕」です。

われわれが考える住宅において、私はこの“余白”を最も重視します。
ただ広いのではない。構造によって生まれた、質の高い余白。

それが、真のラグジュアリーなのです。

 

そして、この建築は決して流行を追っていません。

①構造が合理的 ②素材が正直 ③意味のない装飾がない

この3つが揃った建築は、50年後も価値を失わない。

私たちが目指す住宅も、まさにそこにあります。

「数年で建て替える家」ではなく「資産として残る建築」

 

 

 

 

蒲郡市市民体育センター競技場は、単なる公共施設ではありません。
それは、“構造に誠実であろうとした設計者の思想”が、今もなお立ち続けている証なのです。

私は、この建築からいつも問いかけられます。

「あなたの建物は、50年後も誇れるか?」

その問いに、迷いなく「YES」と答えられる住宅をつくる。それが、私たちkotoriの使命です。

 

「美しさと、絶対的な安心性を両立した住まい」
構造から始まる、本物の贅沢を。